◆寝覚ノ床はどのように形成されてきたか◆


■ここにしかない地形の特殊性■

  中山道の取材中に私は上松の寝覚ノ床の探索で「脱線」しています。どうして脱線してしまったのか、ここで説明します。
  寝覚ノ床というすこぶる美しくも実に奇妙な地形がつくり出されたのかについて、地質構造からの原因説明はたくさんありますが、木曾川の流水の状態とこの地の花崗岩質の岩壁との相互関係、つまり岩石と流水状態との物理学的な解明は、私が知る限りまったくされてこなかったのです。
  地質学においても河川流体力学においてもまったくの門外漢の私が、おそらくはじめてこの問題をこの視角から解析することになったようです。
  というよりも、これから私が語るようなメカニズムについて、そもそもこれまで誰も疑問に思わなかったということです。
  まあ、いわば「コロンブスの卵」とでも言うべきでしょう。
  寝覚ノ床の花崗岩質の岩壁地形はどのような水の作用を受け続ければ形成され、なおかつ維持されているのか、これは誰も解明していないのです。
  木曽山脈(中央アルプス)と御嶽山という山脈とその間の谷間が主に花崗岩質の地質構造で、そこを木曾川の大量で急流の河川流水が流れ下るだけでは、後に写真で示すような地形は形成されることはなく、しかも1000年にもおよぶ期間にわたって維持されることはないのです。
  いくつもの偶然が重なった結果、花崗岩質の岩壁の一部がこのような形状となり、少なくとも1000年間保たれてきたのです。
  いくつもの偶然が複合しなければ、寝覚ノ床は今、そこにはないのです。
  というのも、同じ岩質なのに、木曾川流域では、柿其川との合流部の中河原峡に似た地形はあるものの、ほかには見られない、この特殊性こそが解明されなければならないのです。
  次節から解明をおこないますが、この話題に興味がある方は、今回、まずグーグルマップで寝覚ノ床の地図と航空写真(または Google Earth )をじっくり見て観察してください。
  蛇行の様子、曲りの角度、前後の木曾川の流れの変移についてとくに航空写真から考察してください。

■中生代の花崗岩と方状節理■

  まず最初に木曾の山岳と木曾谷の岩石構造から見ていきます。これは、私でも理解できる地質学の初歩です。
  木曾の山岳と木曾谷の地質構造ですが、ほとんどは花崗岩です。
  花崗岩というのは、深成岩で、つまり地下の深いところでマグマがゆっくり冷えて、直径数ミリメートルの数種類の鉱物結晶が結合して形成されます。
  その成分鉱物とは、
  ①白い鉱物結晶は主に長石で、炭酸カルシウム分が主成分です。
  ②無色透明なガラス質のような鉱物結晶は石英(水晶と同じ成分)です。
  ③焼き海苔の破片のような黒い結晶は雲母からできています。
  地中深いところで高温からゆっくり冷えていかないと、このような結晶の融合集積体にはなりません。
  このほかに、ごくわずかにマグネシウムやナトリウム、鉄などの成分が混入することもありますが、無視できます。
  花崗岩は水流・水圧やほかの岩脈との省都巣や摩擦、温度変化によって、1メートル前後ないし数メートルくらいから数十メートルのスケイルで方形の亀裂が入り、しだいに割れ砕けていきます。これを「方状節理」と呼びます。
  つまり大きな四角形(方形)の面をした塊に分解するのです。
  そして、河川などでの流水によって転がされて、角が取れて丸みを帯びていき、どんどん小さな塊になっていきます。
  やがて長期間かけて、数ミリメートル個々の鉱物結晶の単位にまで分解し、さらに崩壊すると微粒子の土壌となります。
  木曾地方の花崗岩は中生代に形成されたものだと見られます。
  地質年代で中生代とは、恐竜が出現し生存していた期間で、だいたい2億5000万年~6600万年前までの時期をさします。
  三畳紀、ジュラ紀、白亜紀という3つのスパンからなっています。
  そして、私の勝手な考えでは、木曾の花崗岩は白亜紀にできたものと見てさしつかえないと思います。違っていても、力学的考察の内容には、ほとんど影響がありません。

  さて、この500万年くらいの間に中央アルプスや北アルプスの南端(つまり御嶽山)という3つの山脈山塊が造山運動ででき上り、花崗岩も地下深いところから隆起と褶曲によって上昇してきて、地表近くにやってきたものと見られます。
  花崗岩地質は、木曾駒ケ岳、宝剣岳(千畳敷カール)、白馬連峰などのように、その岸壁や岩稜は灰白色に輝く美しい山岳風景や峡谷、渓谷をつくっています。
  宝剣岳の岩稜の真下から木曾川の支流の沢群が流れ落ちていきますが、そのほとんどの場所では寝覚ノ床のような地質形状はできません。
  つまり、きわめて特殊な流水の力学的作用が持続しないと、寝覚ノ床のような地形は形成・維持されないのです。
  では、その力学的なメカニズム、作用とはどんなものなのでしょうか。

■流水の破壊力の方向 地形の特殊性■

  前節では、花崗岩自体が方形に亀裂が入り分解する構造=性質をもつことを見ました。それはポテンシャル、つまり潜在的な可能性で、外部環境との相互作用のなかで、ということです。
  方状節理すなわち方形の分解を引き起こす力学的要因の最大のものは流水の破壊力の方向(ヴェクトル)です。
  滑川のように、急傾斜を流れ下る大きな力がはたらき続ければ、たしかに初期には方形の分解が発生しますが、それが長期に持続すれば、花崗岩質の岩石は流水の運搬作用や浸食作用、堆積作用によって小さな塊に分解して水中を転がり、衝突し、摩耗し、丸くなり、河床に堆積していき、次の増水で流れて転がされ・・・というメカニズムが循環していきます。
  寝覚ノ床のような地形はできません。丸みを帯びた花崗岩質の石が並び積み重なる河床となります。
  では、まず大雑把な観察をしましょう。
  グーグル・マップの航空写真をじっくり観察してください。
  すると、こういうことがわかります。
  ●寝覚ノ床の辺りで木曾川の河道は、南南東から南南西にほぼ直角に蛇行します。
  ●そのなかでも、ほぼ直角に流れが変わる小さな曲りが連続しています。
  つまり流水のヴェクトルが直角に変化しているわけです。
  つまり花崗岩塊を方形に打撃する力の方向性があるわけです。
  ただし私は地質や岩石の専門家ではないので、花崗岩塊そのものに亀裂の方向のポテンシャルがあるのか、もっぱら流水の打撃力の向きによって亀裂の向きが決まるのか、そのどちらの要因が大きいのか知りません。
  ここで言えることは、流水の破壊力の方向が、部分部分として、あるいは全体として直交するヴェクトルを与えることと、岩石内部の結晶の溶結の解体への性質の相互作用の結果であるということです。
  花崗岩塊によって流水の方向が直角に曲がる作用を受け、直角2方向の打撃が岩塊に方形の亀裂をもたらす・・・というメカニズムです。
  次に、わかることは、
  ●寝覚ノ床の直前まで木曾川は流れの勾配が大きいために、滝に近い瀬をなしていること。
  ●寝覚ノ床の直後にも同じように河道の勾配が大きくなり、やはり背をなしていること
  ●寝覚ノ床のなかでは、川面は穏やかで流速がきわめて小さく、いわば淀んだ淵となっていること。
  以上からわかることは、寝覚ノ床を構成する花崗岩塊には、非常に小さな打撃力しか加わっていないということです。
  そして、現地に行って観察すると、
  寝覚ノ床の辺りの河床・水底は、花崗岩の岩盤に大きくて深い亀裂が入っていて、流水は相当に大きな水深をなしていることがわかります。大小の直方体を連ねたような深い空洞ができていて、そこに水が入り込んでいるのです。
  いわば底なしです。
  つまり、深い滝壺のような地底構造をなしているのです。
  これによって、ここでは流水のなかで上流から来た水は、深い淵に滝のように沈んでいき、これによって下流方向への流速=破壊力の大部分(ほとんど)を失ってしまうということです。
  つまり、方形分解へのダイナミズムが大きく抑制されていて、バラバラに分化して転がしていく力学は働いていないのです。
  先ほど見た直交する破壊力は持続的にだが、相当に弱く抑制されているという状況が理解できます。


方形に亀裂が入り分解する方状節理がわかりやすい地形

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