▲旧街道から見た記念館の様子 ▲こじんまりと端正な母屋 |
古田晁記念館は1996年に創立されました。古田氏は筑摩書房という出版社の創立者です。 記念館敷地内の案内板によると、創立の2年前に市の遺族からその成果と庭園、土蔵が塩尻市に寄贈され、さらに記念館創立の4年後には母屋が寄贈されたそうです。こうして、古田邸が記念館となったようです。 出版社の名称の筑摩とは、松本や塩尻以北の古い地名で、北小野もかつては筑摩郡に属していました。古田氏は郷土愛から出版社名に筑摩をつけたのではないでしょうか。 筑摩書房は岩波書店と並んで信州出身者が創設した出版社で、良心的な出版活動数多くの文芸書、学術書を世に送り出し、日本の出版文化に大きな貢献をしてきました。 ところで、記念館の庭園の入り口には小さな薬医門があります。普通、門は通りに面して邸の入り口となっていますが、この薬医門は通りに対して直角の位置です。 これは、塩尻市の農村集落の富裕層に特有の門構えで、門の設置に対する藩の規制がなくなった明治以降に普及した――遠慮気味に敷地内に通りに武家風薬医門を直角の位置に建てる――様式だと思われます。
この辺りから古町まで旧街道の両脇には家ごとに小さな前庭植栽があって、緑の帯が道を縁取っています。東京都の高級住宅街にもまさる美しい家並みを構成しています。 そんな風景を楽しみながら少し北に歩いたところ、道路の東側に何やら古い神社の跡らしい緑地があります。小さな祠もいくつか並んでいるうえに、社殿を覆っていた蓋殿も残されています。緑地の端には荒廃した社務所のような建物もあります。 鎮守の森ともいうべき杉や松、落葉樹の巨木からなる樹林もあります。 しかしながら、この場所に何があったのかを示す記録や史料は見つかりません。 そして、最近ここで祭事がおこなわれた痕跡や気配はありません。じつに不思議な場所です。 |
▲庭園の入り靴にある小ぶりな薬医門 通りのすぐ脇なのに通りに対して直角の位置にたてられている。 ▲母屋の裏手にある庭園 ▲古田記念館の北にある神社跡と思しき緑地。ここには鳥居や祠、蓋殿などがある。 ▲かつては社殿を覆っていたと思しき蓋殿 ▲小さな祠もいくつか並んでいる |
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