◆峠の西国三十三番観音◆
佐野坂峠を南にのぼり始めると、峠道傍らの石仏に関する立札がありました。その説明によると、路傍に並ぶ石仏群は西国三十三番観音像で、霊場めぐり巡礼旅に倣ったものだとか。
峠道の要所に道しるべとして、そしてまた行旅中に亡くなった人びとの供養のために立てられたようです。ということは全部で33体あるはずですが、私が峠越えの散策で出会ったのは10体ほどです。
山桜のの老樹の根元、苔生した土台の上に置かれた観音様
三十三の観音像はすべて1827年(文政年間)に高遠石工たちによって造立されたそうです。
最初に出会った観音像は、道から2メートルほどものぼった斜面、山桜の老大樹の根方にありました。大きな石がいくつか階段状に並べられて、石仏に詣でる参道のようになっています。苔生す大石の上にたつ観音様は、斜面の上から街道を見おろしています。観音像が設置された場所にはかつて山桜が数本植えられていたようですが、今では数えるほどしか生き残っていません。
次に出会った石仏は、「鬼石」の説明板の向かい側にありました。石仏の土台となっている大石も含めて、立札の近くには岩がいくつもあるので、どれが鬼石なのか判然としません。おそらく立札から5メートルほど後方にある岩が鬼石だと思われます。
鬼石にはこんな伝説がまつわっています。――南から来た鬼が佐野峠のこの辺りで大きな石に腰かけて休みながら、千国四ケ庄(白馬村の4集落)の様子を眺めていたが、やがて峠下の村々を飛び越えて塩島新田に到達した。飛ぶときに腰かけていた大石を投げ飛ばそうとしたが、重過ぎてできなかった。そのときの爪跡が残された石が鬼石と呼ばれることになった、と。
この大石はまた、西行法師が東国を巡礼したときに腰を下ろして休んだものだという言い伝えもあるそうです。
根が絡まった大石が石仏を支えている
鬼石の立札の向かい側の観音像の土台を支える石には木の根が絡みついています。石仏が造立されたからすでに200年近く経ているので、根が絡みついて岩を割ったのかもしれません。
その次に出会った石仏は、張り出した尾根を回り込むために道が小さく曲がる場所です。街道開削のために尾根の背を小さく切通したのでしょう。
観音様は、あたかも護衛の武人に守られるかのように、数本の杉や松、カラマツに囲まれています。この辺りの杉は明治以降、ことに戦後に植林されたものでが、石仏の近くは急斜面なので植林されたものではなく、種から自生したものでしょうか。
木漏れ日を背に受けている観音像
現在私が歩いている整地された林道は、明治以降(とくに昭和期)に森林管理のための車両を通すために、少し道筋を変えて曲がりくねりを小さくし、高低差や起伏をなくした道筋なのでしょうか。そういう疑問がわいてきたのは、道から20メートル以上も離れた地点に石仏を見つけたからです。
これまで歩いてきた道筋で、観音像が置かれた場所が路面からの高低差がずい分あるな、とは思っていましたが、往時の塩の道は山中の高低差がそのまま路面に繁栄していたはずです。昔の旅人は、もっとずっと歩きにくい起伏が大きく曲がりくねった道を歩いていたのでしょう。
そういえば、散策ルートを確認するためにグーグルマップを見たときに、峠道にしてはあまりに曲りが少ない道筋だと訝ったのを想い出しました。
この先が峠道の最高地点だ
カモシカと出会った辺りから200メートルほどの場所が峠道の最高地点です。大町市との境界のわずかに手前です。
この辺りは、西側の山頂から東に尾根の背が伸びていて、それを回り込むように道筋が大きく曲がっているので、道筋は南東向きから南向きに代わるのです。道筋は、青木湖畔に向かってさらに南南西へと向かうことになります。
すでに述べたように、大町市側では街道林道は舗装されています。斜面も北向きから南向きになり、陽当たりがよくなって山林が明るくなってきました、
そういう環境のせいか、石仏の近くには山桜の老大樹がまだ生き残っています。根元近くの幹回りは2メートル前後で、樹齢は少なくとも――ソメイヨシノの基準で見ると――70年以上だと思われます。高原の寒冷地の山桜ですから、育ちが遅いので樹齢は100年に近いかもしれません。
ともあれ、往時の塩の道沿いにはな道呼べるほどではないにしろ、石仏の近くには山桜が植えられて、旅人の心を休め、旅の疲れを癒していたのではないでしょうか。
厳冬期、吹雪の合間の青木湖: 雪雲のなかにさのさかスキー場がある
木漏れ日の下で観音像が立体的に浮かび上がる
石仏のなかには、傾いた木に押されて自らも土台ごと傾いたものもあれば、山桜の傾いた幹の下で雨や雪を避けているもの、大樹の背後に隠れているように見えるものもあります。
高遠石工たちが彫り込んだ観音像ですが、それらが置かれた場所の違い、日当たりの違い、注意の樹木との位置関係で石仏は一体一体、独特の表情を見せています。
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