八幡社から南東に1キロメートルほど離れた電安地帯に浄土宗の長念寺があります。 そのトタン葺きの赤い屋根が天に高く聳えているような印象です。八幡宿から少し離れていますが、探訪してみました。この寺の仏像の内部から鎌倉時代の人物と出来事が記された古文書が発見され、中世の歴史と文化を知る有力な手がかりとなったのです。 ◆中世史を物語る文化財があった寺院◆ |
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八幡宿から南東方向に赤い寺院の屋根が見える。この寺が長念寺だ。 |
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▲今は無住なのか、境内も庫裏も荒れ始めている ▲本堂の南側には施設建物があったが形態鉄橋され、空き地になっている ▲昭和前期の古民家風で好ましい庫裏住居棟 ▲本堂の背後、北側からの眺め。墓苑だったようだ。 ▲庫裏住居棟は厨子二階造りで、ほぼ平屋。古い土蔵もある。 ▲境内裏手の墓苑跡の様子。奥は浅科小学校。 ▲墓苑の北端には歴代住職の墓碑と石仏が並ぶ |
寺伝によると、長念寺は1627年(寛永4年)、江戸時代初期の新田開拓と村落建設にともなって創建されたとうことです。
この訴訟事件は大和の国の宇野庄での紛争についてのもので、承久の乱ののちに関東の武家が宇野庄の地頭領主になったものの、在地の前の統治者だった僧侶が、新たな地頭領主の権威や徴税権に反抗しているのだとか。
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