◆北国街道与良館と高濱虚子記念公園◆


与良館の奥には銭蔵、さらにその奥には虚子庵がある

  北国街道与良館は、与良地区街並みの歴史的景観の保存活動の拠点となっていて、ヴォランティアの人たちが外部からの訪問者に街の歴史と地理、文化財などを案内しています。
  与良館の周囲は「こもろ高濱虚子記念公園」になっています。与良館の脇にはオープンテラスのテーブルがあって、そこから上り坂の細い道を上ると銭蔵で、その脇を抜けて虚子記念館に抜ける小径があります。
  高濱虚子をめぐる文物を保存・展示する高濱虚子記念館は、与良館のすぐ隣にあるのです。

  高濱虚子(1874年生まれ1959年死去)は愛媛県松山に生まれ育ち、正岡子規に師事し、俳誌「ほととぎす」を主宰した俳人です。客観写生、花鳥風詠を旨と主張していました。
  虚子は太平洋戦争末期の1944年3月から戦争直後の1947年10月までこの地に疎開していて、この地で俳句創作や俳諧普及活動をおこないました。
  虚子が信州小諸に疎開して4年間暮らしたのは、彼が明治末からたびたび小諸を訪れ一月以上も滞在して盛大に句会を催していたという縁があったからではないでしょうか。その頃の小諸での定宿が本町の旅籠「つたや」でした。その旅籠は、今では「ギャラリーつたや」になっています【写真右下】。

  そういう機縁があって、小諸市与良地区に高濱虚子の記念館と公園がつくられたのでしょう。今では毎年、ここを会場にして虚子を記念した俳句大会が開催されています。

  高濱虚子記念公園では、与良館や銭蔵、虚子記念館、虚子庵などが細い小径で結ばれ、遊歩コースになっています。遊歩コースは公園の外に続いていて、丘陵の斜面を上っていくと、のどかな田園風景に出会うことができます。遊歩コースが通る一帯は「与良・俳句のまちエリア 『虚子の散歩道』」と名づけられています。


駐車場から虚子記念館に続く狭い路地の上り口

木陰を往く路地

この左手が記念館、右手が虚子庵


与良館から銭蔵にいたる石段

  与良館から銭蔵にいたる細い小径は、虚子記念公園内の遊歩コースの一部で、銭蔵の脇を抜ける小径を通って虚子記念館や虚子庵に行くことができます。
  与良町は、浅間山麓に広がる高原丘陵の斜面に位置しています。この公園から始まる遊歩コースは、かつて虚子が散策しながら俳句を詠んだ小径なのです。この小径は、街道沿いの与良館から斜面を道のりで500メートルほど上りながら一回りして、下って帰ってきます。

  のどかな里山・田園景観をつくるため地区のヴォランティア団体は、公園内の草地に手を入れて「せせらぎ」【写真下左】をつくったり、和風庭園に仕立てています【写真下右】。