旧美麻村の大町街道跡を探索する旅の3回目は、大町知役所美麻支所の辺りから藤地区のアルプス展望ルートを経て「ぽかぽかランド」の辺りまで歩きます。
  旧大町街道は、南北に伸びる尾根の中腹よりも高いところを往く道なので、中綱湖や青木湖の西に続く後立山連峰を望む場所があります。だいたい藤集落の辺りで、アルプス展望ルートと呼ばれています。


◆過疎の村の心に沁みる美しい風景◆

 
藤地区には棚田地帯が残っていて山岳を背景とする里山の景観が保たれている



▲深い山林のなかを往く旧村道


▲頂上に雲がかぶさっている唐松岳以北の白馬連峰


▲峻険さを見せつける五竜岳


▲西北西には爺ケ岳から鹿島槍ケ岳、五竜岳に続く稜線


▲旧街道の下にまばらに20戸ほどの住戸が並ぶ藤地区


▲段丘が宇井の下に小藤の集落と観音堂の境内が見える


▲荒廃した古い観音堂の解体後につくられた小さなお堂
 二十数年前まではもっと大きな観音堂があった


▲土尻川河畔の高台に鎮座する神明神社


▲土尻川沿いの集落

  旧美麻村に限らず信州の山里は、せいぜい10軒ほどの家族が肩を寄せ合うように生活する小さな村落が集まってコミュニティを形成してきました。ところが、高度成長とともに若い世代は生活のために村落の外に出ていき、やがて多くの集落は高齢者だけが暮らすようになり、その高齢者がいなくなると集落そのものが消滅してしまうという状態になっています。
  そんな過疎の村落を通るとき、心の奥まで沁みる美しく、懐かしい風景に出会うことがあります。住む人を失い荒廃した古民家と美しい自然景観は、そこにかつては豊かな文化があったことを語りかけてきます。


堂舎かと思って近づいたら物置だった

  江戸時代、松本藩の行政単位というか区割りでは、旧美麻村の大半は二重村に包含されていたそうです。アルプス展望ルートが通っている藤(小藤)地区も二重村の支郷で藤郷と呼ばれていたようです。
  藤地区は地図上では中綱湖の東方に位置していて、権現山の北側の尾根中腹越しに後立山連峰(北アルプス)の連峰を眺めることができます。旧街道の東側には急峻な尾根が南北に延びていて、集落は尾根の西向き急斜面にへばりついているという地形です。
  二重村は東西の尾根の谷間に開けた南北に長い谷間で、農耕地の開拓は比較的に容易だったと見られます。したがって、室町時代には小領主が統治する郷村が形成されていたのでしょう。しかし、急斜面の藤郷の開拓は相当に困難だったでしょう。
  ところが、旧街道沿いに探索してみても、二重には数えるほどしか住戸がありません。かつては城下街と呼べるほどの集落群があったはずなのに、歴史の変化の無常さという冷徹さを感じざるをえません。
  そして、労苦を重ねて開拓した藤地区の集落も少しずつ住民が減って、多くの棚田や畑、屋敷地が今では山林に戻ってしまいました。
  それでも、旧街道から西に開けた美しい風景は以前と変わりません。




境内の端に石仏群が並んでいる

  小藤を過ぎると、旧街道は尾根の北端の急斜面を土尻川の谷底に向かってジグザグに降りていきます。そして「ぽかぽかランド美麻」の西側で、土尻川河畔を往く県道31号に出会います。
  この辻の南西の高台に神明社があって伊勢神宮が祀られています。


旧街道脇から神明社の境内にのぼる石段


丁寧に保存された古民家が見える

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