原野の東端、集落を見おろすような尾根裾の高台に臨済宗の禅刹、法泉山林昌寺があります。 ◆真言密教の修験霊場が起源か◆ |
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国道19号を挟んで林昌寺の堂宇と境内を眺める。背景に木曾山脈の峰が見える。 |
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▲原野集落の中山道から寺へんp桟道が分岐する ▲庫裏と客殿は旅館のような風情 ▲墓苑の前には和風庭園が広がっている ▲流造の社殿のように見える堂舎 ▲本堂前から山門を振り返る ▲山門前から集落の原野家並みを見おろす |
◆室町~戦国時代の城館跡か◆ 原野や宮ノ越の歴史については、木曾義仲の挙兵拠点だったことばかりが前面に出てきますが、室町~戦国時代の藤原系木曾氏の統治拠点のひとつでした。しかし、その点については史料もほとんどないうえに、江戸時代の農耕地や集落の開拓によって史跡(歴史の痕跡)が失われたため、話題にされることもめったにありません。 ◆城館が移った跡地だったか◆ ところで、原野八幡宮を探訪したさい、社殿の背後の樹林は木曾氏の城館の跡地だったと推定しました。すると、木曾氏の城館は林昌寺の現在地から八幡社の北側に移転したということになります。 |