今回は上久保一里塚を出発し、神戸、和合を経て三留野宿の手前まで歩きます。この区間では旧中山道は国道19号と重なることもなく、のどかな山里のなかを歩いて、自然景観や史跡、寺社などをゆっくり見て回ることができます。
  住民は旧街道沿いをわが家の庭のように端正に整えてくれています。そうわけで、日本の原風景や美しい山里風景を求めて平日でも中山道歩きの人びとが行きかいます。

◆南木曽町の歴史街道を歩く◆

  中山道の杣道のうち急坂では、江戸時代から路面に石畳を施して、降雨による土砂の流失を防ぐ工夫をしてきました。ことに、幕末の和宮内親王の徳川将軍家への降嫁にさいして中山道を大幅に補修したため、路面状態は格段に良くなりました。この千沢渓谷の石畳は、そのときの工事によって始まったのかもしれません。
  ところが残念ながら、グーグルマップでは千沢渓谷を越えていく旧中山道の道筋が誤っていて、表示されていません。そこで、この部分だけの絵地図を下に掲げます。

ここから40メートル南に行くと上久保一里塚


街道西脇の崖斜面の竹林は整備されていて美しい

  上久保の一里塚を過ぎてから60メートルほどで旧中山道は東向きに曲がり、千沢の谷間に降りていくことになります。やや急斜面の坂道ですが石畳になっています。小径の右脇の段丘崖斜面は、端正に整備された竹林になっています。藪ではなく、柔らかに陽射しが入り込む美しい景観が楽しめます。
  千沢の渓流を左手（北側）に見おろしながら石畳を下るのですが、針葉樹林や竹林を透過した木漏れ日が石畳の路面に落ちて素晴らしい風景です。

中山道は谷底近くまで降りて千沢橋を渡る


橋の上流部に連続する堰堤の滝

  坂を下りきったところに千沢橋があって、その手前（南側の袂）に「重要伝統的建築物群保存地区／南木曽町妻籠宿保存地区」の説明板が立っています。千沢は急傾斜の渓流で、橋の上流部には階段状にいくつも堰堤が築かれ、連続する滝となっています。滝という形で流水を垂直に落とすことで、位置エネルギーを消費させて流速（流水の破壊力）を減殺するためです。
  千沢橋を越えると旧街道は西に向かってのぼってからほぼ直角に右（北）に曲がって、読書・神戸方面に向かいます。

  ところで、南木曽町の読書・神戸の辺りで、木曾川の流れは南木曽岳の尾根によって押されて、蛇行しながら南から西に向きを変えることになります。これによって谷の横幅が広がり、木曾川の浸食作用で南木曽岳の西麓に幾重にも重層する河岸段丘が形成されます。そこに南木曽岳から流れ下る千沢や蛇抜沢あるいは梨子沢などの木曾川の支流が渓谷を刻みながら、土砂を運び堆積して複合扇状地をつくります。
  こうして南木曽町では、千沢から梨子沢にかけて木曾川の左岸（東岸）にやや幅広の盆地がつくられています。しかし、この盆地は梨子沢の右岸（北岸）で途切れて谷間は狭まり、ふたたび巨大なＶ字峡谷と言うべき地形に代わってしまいます。三留野は、この盆地の北端に位置しています。

読書の旧中山道沿いのまばらな家並み


街道の東には南木曽岳の主稜線がそびえる

  そういう地形上の理由で、妻籠から千沢まではだいたい北向きに歩いてきましたが、千沢の北岸から和合までは旧中山道の道筋は北東向きになります。そして、ＪＲ南木曽駅の東辺りからは旧街道は北向きに代わります。木曾川の谷間はふたたび狭まって、河畔に沿った道筋しか取れないということです。

  さて、千沢の北の名も知れぬ沢を越えると、旧街道は読書集落の兜かぶと観音と神明社にのぼる坂道となります。ここから先300メートルほどは、寺社などの名所が集まっていて、道沿いの庭木や植栽が端正に整えれてていて、美しい街道風景を楽しむことができます。

道沿いがまるで庭園のように整備されている

  旧中山道の遊歩道は、兜観音の境内のなかを通るようになっています。中山道と「かぶと観音」を解説する案内板の右側に参道石段があって、参道で観音堂に参詣して、右に曲がって神明社を拝んでから、神戸の集落に向かうのです。
  この辺りの集落は以前は神戸と呼ばれる地籍でしたが、今は読書という地籍になっているようです。

庭石と池と水車をあしらった美しい和風庭園

  この集落の住民たちは、旧中山道歩きを楽しむ人々のために道沿いの前庭をじつに端正・丁寧に手入れしているようです。私たちは、あたかも和風庭園のなかの遊歩道を歩いているような気分になります。
  旧中山道をめぐる環境を美しく保とうという心意気というか粋を感じることができます。あるいは、これが日本人の文化・心性と言えるかもしれません。この地を訪れる旅人にとっては、かけがえのない宝であり、いわば無形の文化財とも言えるでしょう。
  この集落の北東の端、今は草地となっている小径の北脇には、江戸時代には立場があったということです。立場とは、街道の貨客の運搬に携わる馬方や牛方、歩行役などが休憩する場所で、簡便な茶屋などのあったところです。立場茶屋とも呼ばれることがありますが、もともとは休憩のための空き地で、街道人足の人びとはここで親交を深めたり、情報交換をしたのだとか。

古民家の手前の草地が立場跡


南方に街並みを眺望する直線的な下り坂

  神戸集落を過ぎると、ふたたび山林のなかを往くことになります。小径は数回曲がって、木曾川と南木曽の市街を見おろす西に開けた山腹斜面を下っていきます。ところで、この山腹斜面の下には、東西におよそ３キロメートル以上も続くトンネルがあって、ＪＲ中央線が通っているのです。
  坂道を下りきったところの西側にＤ51機関車が置いてある公園（ＳＬ公園）があります。公園の背後（南奥）には秋葉社と天神社があります。しかし、旧中山道遊歩道は公園の手前で右（東）に分岐し、ＪＲトンネルの出入り口付近の上を横切るように進みます。
  トンネルがある山腹斜面の上を歩いてＪＲの鉄道線路を東に越えてしまったので、ここから300メートルほどは、左手（西側）の丘の下に鉄道と市街地を見おろしながら北に向かうことになります。そして、段丘の上を往く小径と出会うことになります。ここから旧街道は上の小径を往くことになります。
  するとまもなく、旧街道の右脇（東側）の斜面に、石垣で支えられている敷地の古民家と出会います。これは江戸時代に神官家だった園原家住宅遺構です。

イチョウの古木の奥には園原先生記念碑

  園原家住宅の西側の丘の下にＪＲ南木曽駅があって、ここから三留野宿の入り口まで約1.1キロメートルの道のりです。ここからは、南木曽町の東の郊外に近い住宅街を往くことになるので、視界は開けています。西側に谷の底を流れる木曾川と河畔の市街を見おろしながら歩くことになります。地形としては、梨子沢がつくった幅広の谷間の扇状地を等高線に沿って進むことになります。