上原の水田地帯には篭川から取り入れた水が農業用水として供給されます。しかし、アルプスに降り積もった雪解け水はきわめて豊富ですが、温度がかなり低く、稲の生育――とくに田植え後の苗稲の生育――には向いていません。夏でもこのあたりの篭川の流水温は12℃前後だといわれています。
水中に20秒も手をつけていると、痛いと感じられるほどに冷たい水です。とはいえ、篭川の取水口から温水路入り口までに水温は3℃ほど上昇すると思われます。
そこで、水田に達するまでに水温を高める工夫が必要になりました。
ここでは、水深の浅く幅の広い水路を大きく何度も蛇行させて、太陽熱で水温をあげる設備がつくられました。用水を温める用水路ということで、「ぬるめ」と呼ばれています。
春から初夏にかけて雪解け水を水源として稲作をおこなう各地方では「ぬるめ」と呼ばれるいろいろな温水路が工夫されていますが、ここの「ぬるめ」はことに独特です。
▲蛇行に沿って歩くのも楽しい
樹林が水面に影を落とす
長野県北アルプス地域振興局のホームページによると、上原温水路の長さは300メートルで、流れの幅は16~18メートルだそうです。水門から最下端までの高低差は2メートルほどありそうですが、水路の勾配は2度ほどでしょうか。この高低差にもかかわらず勾配を極小に保つために、ところどころに滝が設けられています。
では、水門・出水口から水路をたどって歩いてみましょう。
水門から10メートルも行かないうちに水路の幅が一気に広がっていきます。流れに沿って4列の仕切りがあって、流れを4つに分けるようになっています。この辺りが幅が一番広いのかもしません。
出発点からすぐに一過的に4つの流れに分ける理由は、おそらく水深と流速を平均化するためだろうと思われます。流れの湾曲がないのは、その効果を確実にするためではないでしょうか。
4つにわかれた流れはまもなく2つずつが合流して、水路中央の仕切りを境にして2つの流れになります。ここえで水路は右にゆったり曲がります。
蛇行する水路の中央部に仕切りを設けて流れを2つに分けてあるのです。その理由は、蛇行によって湾曲の内側の流速が落ちて、外側の流速が大きくなると、内側に堆積作用が強くはたらき、外側には浸食作用が強くはたらく効果を抑えるためでしょう。
◆子どもたちの遊び場◆
この温水路と周辺の樹林や草原は、子どもたちが水遊びしたり、木登りしたり、のんびり歩いたり、駆けまわったりするための林間親水遊園となっています。
水深が浅くて幅広の水路は、太陽光線や外気温の輻射熱を伝わりやすくして水温を高めるための工夫ですが、岸辺も低くして水路に入りやすくして、水と親しく遊ぶ条件をもたらしているのです。
そこで、水路の近くには、子どもたちが遊んだり冒険したりする小屋が置かれています。
この水路は「わっぱらのぬるめ」とも呼ばれています。その地名と子どもの「わっぱ」をかけて「わっぱらんど」という名前が冠されているのです。ことに夏場になると、水路に入って遊ぶ子どもたちの姿が見られます。
このような場所を整備してきたのは、地元の住民や学識経験者が組織した「わっぱらんどの会」だそうです。
そこには、水路周辺の自然環境を子どもたちが遊び場として楽しみながら、農業施設としての「ぬるめ」に親しんでもらい、農村や農業にかかわる知識や体験を得て、稲作文化への理解を深めるきっかけにしてもらいたいという願いが込められているようです。近隣には、アルプスの山岳風景や森林、河川があって、信州の雄大な自然風景に取り囲まれています。
|