妻籠から馬籠峠を越えてきた旅人は、馬籠宿にさしかかったとき、開けた地形に何にともいえない開放感を味わうのではないでしょうか。
とういうのも、木曾の大きな山脈が終わり、南西に向かって緩やかに下っていく丘陵のいわば背骨の上にあるのが、馬籠の宿場だからです。
西に向かっては、もはや山岳はなく、いくつもの丘陵の彼方に濃尾平野があることを実感します。
贄川から始まる木曾路の11の宿駅のうち、一番南の馬籠は、北から緩やかに張り出した尾根筋に位置しているのです。
ほかの10宿駅(宿場街)は、すべて木曾谷の底を流れる河川の河川敷か、その近くの河岸段丘に位置しています。馬籠はそれらとは、きわめて対照的です。
街は尾根丘陵にあるので、街の南北両側を2筋の沢に囲まれています。
尾根筋とはいっても、丘陵の傾斜はごくゆったりしていて、穏やかです。圧迫感を感じることはありません。
私が馬籠峠を越えてようやく馬籠宿の入口、陣場付近に立ったとき、街の両側に山岳が迫っていないことに戸惑いを覚えたくらいです。
信州側の木曾路のイメージは、ここで消え去るからです。
◆峠道から馬籠を眺める◆
来し方を振り返ると、東に男だる山(標高1342メートル)が見えます。北には高土幾山(1037メートル)があります。峠道は、この2つの山の間の谷間を抜ける道です。
南を望むと、標高2191メートルの巨大な山、恵那山が見えます。
しかし、これから先の中山道には、もはや視界を遮るような山岳が迫ることはありません。緩やかな丘陵が重なって見えるだけです。
馬籠宿の北には梵天山があって、その緩やかな尾根丘陵が針葉樹の森をまとって、宿場の北に延びています。
その丘陵と宿場との間に沢があるのです。そして、宿場の南側には緩やかな谷間があって、谷の底をやはり沢が流れています。
その緩やかな南斜面には田園が広がっています。日当たりのよい斜面にはところどころ茶畑があります。寒冷な信州側の木曾谷にはまず見られない風景です。
それでは、馬籠の街筋を歩きながら楽しみましょう。宿場の南端から歩き始めることにします。
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