▼山林のなかでは小さく見える
光前寺の三重塔は、堂塔としては一番南に位置しています。境内の端にあって、いわば森の一部となっているのです。
信州の多くの寺や神社では、三重塔は山林に一番近いところに置かれている場合が多いようです。本来は釈迦の遺骨を納める舎利殿だということで、山国信州では、自然の懐に抱かれるような場所に置かれているということでしょうか。
とくに光前寺では、三重塔はすっかり森のなかに包み込まれています。
わずかに塔の正面(東南東向き)である東側だけが、開けた空間に面しています。
光前寺の境内に入ってから三重塔に行くには、三門と鐘楼のあいだの道を南の「賽の河原」に向かっていくことになります。
その道から山腹斜面に沿ってのぼる階段の上に三重塔が置かれています。塔を回り込んでその西側裏手に出ると、右小径沿いの右手(北西側)に上穂十一騎の募群があって、小道をさらに進むと本堂にいたります。
▼上穂十一騎の募群
上穂とは、光前寺の東側に広がる地帯の郷村のことですが、そこの出身の若者たちが大坂夏の陣で真田幸村の配下となり、激戦のなかで討死しました。上穂郷の農家の次三男で、武芸に秀でた若者たち11人の霊がここに眠っているのだそうです。
墓碑の周囲には厚く苔むしていて、静寂が周囲を覆っています。壮絶な戦死者を弔う墓地だとはとても思えません。私も、墓碑の前の説明板を見るまで、そんな歴史を記憶にとどめる場所とは考えもしませんでした。
塔の形としては、身舎(塔の本体)の上層に向かっての逓減率がほどよく、身舎を取り囲む第二層、第三層の欄干の大きさのバランスも最適で、屋根の逓減率も穏やかだということで、端正さが印象的です。塔の近くで見上げると、ことさら高く見せようという技巧はないように見えます。
やはり山林のなかの木々と穏やかに調和する結構となっていると思います。
三重塔の姿を愛でる場所としては、塔の周囲のほかに、三門近くの十王堂の脇から池越しに樹林に取り巻かれた塔を眺めるのもいいでしょう。
背後側からの姿
▲森に溶け込んでいる塔
|