Article in English
さて木曾路は、険しい山々に取り巻かれた木曾谷を行く道です。
妻籠は、中山道69次のうち、江戸日本橋を出てから数えて42番目の宿駅です。
木曾谷と木曾山脈の南側の峡谷が出会う妻籠は、中山道が伊那街道と出会う要衝でした。
妻籠の北側で、木曾川は東西に延びる険しい山塊にぶつかって、西に大きく蛇行します。そのため、木曾川は深い谷を刻むことになります。
それまで木曾川に沿っていた中山道は、本流を離れて支流の蘭川に沿って南下します。
同じ山のなかでも、少し高低差のゆるい馬籠から妻籠のあいだに街道がつくられたのです。
というわけで、街集落として、妻籠は交通・物流の要衝として古くから栄えたようです。馬籠峠を挟んで向こう側の馬籠も、美濃の平野部から木曾山中への入り口として、同様にして栄えました。
◆尾又地区を歩く◆
Article in English
さて、私は南から馬籠峠を越えてきた旅人の気分で歩いてみることにしました。
大妻籠を過ぎて、田島橋の手前から蘭川に沿って妻籠宿に入っていきます。
まず土産品店があって、ここから家並みが始まります。
けれども200メートルほどは、街道の右(東)側には急斜面の山林が迫り家はほとんどありません。ところどころに石仏があります。
張り出した山腹の下に「御左口様」(「おしゃごじさま」ともいう)の祠があります。
ここは、その昔、中仙道と伊那街道(大平街道)との分岐点でした。
地区の名前の「尾又」とは、追分、つまり街道の分岐点を意味します。
ようやく街並みが始まろうとするところで、西(左)に向かう道が分かれます。
その道の先に尾又橋が見えます。古い鉄筋コンクリートの橋で、車が1 台ようやく通れるような狭い橋です。
すぐ左隣に歩行者専用の木造の橋が架けられています。
橋の間近の上流には水路式の水力発電所があり、川岸に放水口があいています。そして、川の水量調節用の堰堤も置かれています。
|