写真下左側にキャプションを入れ、その右側に写真に関連した情報やこのサイトにある関連記事について紹介します。
これまではワードプレスを使ったブログサイトに関連記事を掲載していましたが、SSL化にさいしてワードプレスのプログラムに深刻なエラーが発生して400項目もの記事が失われてしました。表示ができなるとともに、Myadminとともにデータベースとのリンクが壊れました。プログラムを書き換える必要があるのですが、私の技術と知識では回復できません。
そこでもはやワードプレスの利用を――SSLがワードプレスの初期標準装備になるときまで――断念し、巻頭写真を収録し、関連する情報をここにまとめることにしました。
小川村アルプス展望広場からの北アルプス展望:鹿島槍ケ岳 撮影は4月上旬 |
小川村から戸隠まで連絡する戸隠街道沿いにアルプス展望広場があります。小川村でも最も雄大な後立山連峰パノラマを楽しめる展望所のひとつです。 関連記事は 小川村高山寺の三重塔。 このほかにも小川村を紹介する記事を企画しています。 |
長野市川中島平のリンゴ園:晩秋(2012年11月末)に収穫直前のサンフジの実をつけたリンゴの木の枝を撮影 |
高級贈答用のフジリンゴは、初夏に果実ひとつひとつを保護する袋を被せます。ですが、大変大きな労力を要するので、袋をつけずにたっぷり太陽の光をあてた果実を「サンフジ」と名づけてブランド化しました。 味は有袋果実とほとんど変わりません。しかも、手間を省いた分だけ安価です。自分で食べるなら、サンフジをおススメします。 |
松本市松本城公園:常念岳と蝶ケ岳を背景にした松本城 撮影は2012年5月中旬 |
最近は温暖化によって5月半ばまで北アルプスの残雪がたっぷり残ることが珍しくなってしまいました。それでも、2012年の5月には、大雨の後でも北アルプスにはかなりの残雪が観測できました。 関連記事は 松本街あるき 松本城界隈をめぐる。戦国時代まで周囲の山岳高原からの河川が集まる松本市の中央部(深志)は湖水沼沢地帯でした。そこに掘割建設にともなう干拓をおこなって松本城が構築されたのです。 内堀のなかに屹立する天守群はあたかも湖水に浮かぶ浮き城のように見えます。 |
長野市信州新町:琅鶴湖の畔にある「ろうかく梅園」 撮影は2017年4月はじめ |
冬が寒冷な信州では、春には何種類もの花が一斉に咲き始めます。まさに百花繚乱。なかでも長野市内で最初に春の訪れを華やかに告げるのは、信州新町のろうかく梅園です。早い年には3月末に梅の花が咲き始め、それから1週間から10日後に各種の桜やレンギョウなどの花が間を置かずに次々に開花していきます。 |
上田市の信濃国分寺 本堂裏手の蓮園。毎年7月半ば頃から蓮の花が咲き始める。 撮影は2013年7月下旬 |
上田市信濃国分寺 の境内や庭園の環境保全や整備は、長年、近隣のヴォランティア・グループがおこなってきた。文化財や伝統行事の保存にも協力している。 本堂裏手の休耕湿田に蓮を植え育てている。毎年、7月下旬には「蓮の花祭り」主催して、寺への来訪者を茶菓のサーヴィスや庭園案内などの接待をおこなっている。 |
生坂村 東京電力犀川生坂発電所のダム湖。ダム湖の周囲は水鳥公園となっている。 撮影は2017年9月下旬 |
松本平の北部で梓川と奈良井川が合流して犀川となります。犀川は千曲川と合流し、信越境界を越えると信濃川と呼ばれます。日本で最大の河川です。なかでも、北アルプスや美ケ原高原、そして遠くは中央アルプスと御岳の北山麓から流れ出る水を集める犀川の流水医療は膨大です。 犀川となってから、この写真のように巨大なダム湖はこの生坂ダム湖を含めて4つあります。そして、生坂村には雄大な山岳風景や歴史が薫る山里風景――善光寺西街道(北国西街道)が通っていたこともある――がいたるところに見られます。 |
諏訪湖北岸の横河川堤防の両側に植えられた桜の並木(岡谷市)。 諏訪湖の周囲は、日本で有数規模の桜の花見の名所です。 撮影は2017年4月下旬 |
横河川は諏訪湖に流れ込みますが、その少し上流には、両河畔に長さ700メートル以上にわたって桜並木があります。例年、4月20日頃には、河床を覆い尽くすように広がった枝に桜の花が開きます。 その頃には、地元諏訪地域や全国から桜花を見るために多数の人びとが訪れて、河畔の散策を楽しみます。河畔を河口まで歩いて、さらに諏訪湖畔を一周するように植えられた桜並木の花を愛でる人びとでにぎわいます。 |
飯山市 菜の花公園の菜の花畑。若いカップルに遠景モデルになっていただきました。 撮影は2016年4月下旬 |
飯山市瑞穂の千曲川東岸に「菜の花公園」があります。そこでは毎年4月後半から連休の頃に「菜の花祭り」がおこなわれ、全国から多数の観光客が訪れます。 瑞穂地区は、映画『阿弥陀堂だより』の主要舞台となった地区で、ロケイションの場所は、背後の山の中腹にあります。今でも阿弥陀堂が保存されています。 |
野沢温泉村の野沢温泉スキー場やまびこゲレンデ 夜来の雪が晴れた朝、山頂部のブナ原生林の光景。 撮影は2008年1月はじめ |
私は毎冬、野沢温泉スキー場をホームベースにしてスキーを楽しんでいます。スキー場でごくたまには野ウサギやカモシカと出会うこともあります。 このシーズン、山頂部のコースでは強い吹雪のなかで、昼近くでも気温が氷点下15℃を下回ることもありました。そんな厳しい寒さも大好きです。撮影した場所は標高1300メートルほどのところで、早朝にはダイアモンドダストのように霧氷が輝いていました。 しかし、気候温暖化でここ数年は、そういうことも体験できなくなってきました。 |
野沢温泉村の野沢温泉スキー場やまびこゲレンデ 山頂部の林間コース。 撮影は2009年1月下旬 |
これもやまびこゲレンデ(Dコース)の朝10時頃の様子です。気温は氷点下8℃を割っていました。 真夜中から明け方にかけてブナやシラカバ、ダケカンバの枝先は霧氷で白銀に装飾されました。陽が昇ってきても、枝の先端部には霧氷が残っていて、強い陽射しを浴びてまぶしく輝きます。 |
上田市武石地区の美ケ原高原の白樺平 撮影は2015年8月半ば |
美ケ原高原に上田市の旧武石村から登っていくと、山頂近くに白樺平という森があります。数ヘクタールにわたって白樺林が広がっています。じつに美しい風景です。 この日は、雨が上がるのを待ちかねてクルマで高原に向かいました。途中で晴れてきましたが、山頂部はまだ深い霧に包まれていましたが、白樺林ではかなり視界が広がってきて。300メートルほど先が見えるようになりました。 |
長和町和田 美ケ原高原の落合渓谷の晩秋の風景 撮影は2016年10月下旬 |
美ケ原高原では晩秋は9月半ばに始まり、10月末頃には初冬に入ります。 美ケ原高原の山頂部高原の東側は上田市の旧和田村で、和田は中山道の宿場街でした。高原から依田川の支流、追川の渓谷沿いに和田宿に下っていく道筋で出会った晩秋の風景です。 落合渓谷はまさに錦繡に包まれていました。 |
白馬村 いわたけスキー場から後立山連峰の八方山、唐松岳から五竜岳にいたる稜線を望む 撮影は2011年1月はじめ |
正面の暗茶色の山林が見える山は八方山で八方尾根スキー場のコースが見えます。 そ山頂の奥にそびえる白銀の峰は唐松岳で、険しく屹立する稜線は五竜岳まで続いています。この稜線は北アルプスでも最も危険で難しいコースだといわれています。 冠雪した高山はことのほか美しいですが、安易な人間の接近を峻拒するような厳しさを見せています。 |
上田市の塩田平 独鈷山の麓にある「あじさい小道」 撮影は2016年7月半ば |
上田市の塩田平から別所温泉にかけての一帯は、「信州の鎌倉」と呼ばれる、美しい歴史的景観が集まるところです。 なかでも塩田の独鈷山麓には古い寺院や神社が並んでいて、楽しい遊歩コースがあります。その遊歩コース脇には無数のアジサイが植えられていて、「あじさい小道」とも呼ばれています。 木陰の小径を歩きながら、アジサイの花の繚乱を愛でてみました。 |
長野市戸隠 戸隠神社奥社参道の杉並木 撮影は2016年10月上旬 戸隠神社は顕光寺とともに今から少なくとも1200年以上前に修験の拠点として開かれた霊場です。 |
長野市戸隠の戸隠神社の奥社参道は、標高1100~1200メートルの高原の自然林のなかにあります。 この参道の随神門(仁王門)から先は、樹齢400年近くの老杉の並木に囲まれています。この並木は当初、今から400年近く前に松代藩真田家が戸隠神社の保護のために植林事業でつくられました。それ以前から参道並木はあったかもしれませんが。 自然の偉大さ、繊細さと人間の存在の小ささを体感できる場所です。 |
佐久市の内山峡のあちらこちらにある岩稜 撮影は2017年9月半ば |
上田市の佐久市の東部から群馬県西部にかけては、あの妙義山を典型とする屹立する岩稜の山々がいたるところにあります。 佐久市のコスモス街道を東に進むと、内山峡と呼ばれる、両側に岩稜が続く谷間にいたります。地元の古老によると、30年以上前までは、住民たちが薪の切り出しなどで森林を管理していて、奇岩が屹立する岩稜のさらに多くが露出していて、それはみごとな景観だったそうです。 |
佐久市前山の貞祥寺の境内 山林に取り巻かれた境内の地面を美しい苔が覆い尽くしている。 撮影は2015年5月下旬 |
佐久地方には古い三重塔が3つ保存されています。江戸時代には信州各地に三重塔や五重塔(これらを仏舎利殿という)は何十もあったようですが、明治維新のときの神仏分離・廃仏毀釈運動でその大半が破壊されてしましました。 今では信州には三重塔が10基保存されています。そのうちわけは、上田小県地域に4基、佐久地域に3基、大町市に1基、小川村に1基、駒ケ根市に1基です。 佐久市前山の禅寺貞祥寺には、やや小ぶりながらな三重塔が現存します。寺院の堂塔は森林に囲まれていて、豊かな水が境内を縦横に流れています。水恵まれているために、境内の地面を苔が覆い尽くしていて、美しい景観を生み出しています。 |
大町市北山田町~山田町の千国街道(塩の道)。今年は温暖な晩秋で、この時季にも桜並木の紅葉が残っていた。 撮影は2018年11月上旬 |
大町市北山田町から山田町にかけて東山山麓には南北に千国街道(塩の道)――糸魚川街道――が通っています。この街道は越後の糸魚川と松本・塩尻をむすぶ道で、日本海側から信州内陸部に塩を運んだ街道です。 山裾の丘陵を往く道で、右手に大町市街を見おろし、さらにその奥に針ノ木岳や蓮華岳、爺が岳など北アルプスの雄大な連峰を遠望することができます。サイクリングやジョギング、ウォーキングが楽しい、リンゴ果樹園や桜並木、雑木林に囲まれた道です。 |
千曲市姨捨の長楽寺観音堂の雪景色。巨大な溶岩塊の傍らにあって、四季折々に美しい山里風景が楽しめる。 撮影は2016年11月下旬 |
長楽寺は棚田が重なる山腹斜面の高台にあります。ここから棚田越しに千曲川と善光寺平の大パノラマを眺めることができます。都市部の棚田オーナーが春夏秋にやって来て、そんな風景を横目に水田稲作の農作業を楽しんでいます。 棚田ではひと月前に稲刈入れが終わったばかりなのに、突然の降雪で姨捨を雪景色に変えてしまいました。その後、雪は解けて、しばらく本格的な冬の到来を待つことになりました。 さて、長楽寺は仲秋の名月を「田毎の月」として鑑賞する名所で、俳句や短歌詠みの巡礼地にもなっています。境内に無数の句碑や歌碑が並んでいます。 |
白馬村北城塩島から望む北アルプス。正面中央は白馬八方尾根スキー場で八方山の尾根筋にある。その背後に迫るのは、唐松岳と不帰の嶮。のこぎりの歯のような岩稜が続く。 撮影は2019年5月中旬 |
小谷村千国の里から塩の道を南にたどって、切久保・塩島の辺りまでやってきたとき、岩岳の麓で圧倒的な残雪の山並みを目にしました。 上掲のシーンでは、唐松岳の左に五竜岳の秀峰と稜線、右には白馬鑓ケ岳に続く岩稜が展望できます。近年は気候温暖化で五月の残雪の量が減ってきています。その分、雪からのぞく岩肌が、山脈が険阻な岩塊からできている様子がはっきりわかります。 。 |
中山道木曾路で一番大きな宿駅、奈良井の街並み風景。上町と下町との境界辺りの景観です。この画面の先が平沢、塩尻方面です。 撮影は2019年8月はじめ |
奈良井は、私がこの『信州まちあるき』サイトを企画・取材・編集するようになったきっかけの古い街です。 2011年の4月末、認知症になった父の介護と仕事との合い間にこの街を訪れて、古い街並みの美しさに深い感銘を受けました。昼食に入った蕎麦店で、偶然、中高年の夫婦と出会い、この街の歴史的景観が震災で受けた心の疲弊の癒しとなったと聞きました。 私も介護の疲労が癒されました。そこで、私自身の心の癒しのために、木曾路を出発点に信州の古い街道や城下町の伝統的な街並みを取材してウェブサイトに公開しようと決心しました。 |
写真は大町市の木崎湖の北岸の末の風景です。木崎湖の西岸の千国街道を歩いて湖畔と集落の様子を取材しました。大町市街は中央部の谷間の先にあります。 撮影は2021年7月下旬 |
小谷村千国の里から始まった塩の道(千国街道)の旅は、白馬村南端のの佐野坂峠を越えて仁科三湖西岸に達しました。 私たちは佐野坂峠から青木湖西畔に下って青木の集落を探索し、次いで中綱湖の西岸を歩いて中綱集落をめぐり、そして木崎湖の西岸を歩くことになります。ここで、往時の街道と集落の面影を探し求めて旅をします。 アルプス山麓高原の湖は景観も美しく、夏場にはキャンプやパラグライダー、ボート遊び釣りを楽しむ人びとで賑わいます。 |