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長野県諏訪市高島
 

【写真は高島城公園からの天守の眺め】
  高島城は築城間もない頃には、諏訪湖に半島のように突き出た島にあって、河川と湿地帯に取り囲まれていたそうです。
  太古には諏訪湖は、現在の岡谷市や下諏訪町、諏訪市、茅野市の市街地のほぼ全域を覆い尽くすほどに巨大な湖だったのですが、湖に流入する河川の土砂堆積作用や江戸期以降の人為的な干拓で、戦国時代の3分の1ほどにも小さくなったようです。

 
城をめぐる地理と歴史  


▲季節風で波立つ諏訪湖の湖面。対岸は、岡谷市と下諏訪町。

  高島城を取り巻く地理的環境としての諏訪湖の話題から始めましょう。
  太古には諏訪湖は現在の標高800メートル等高線まで水位があったようです。そうなると、現在よりも50メートルほども水位が高かったわけです。諏訪湖を回り込む鎌倉道は湖面から30~50メートル以上高いところを通っていますが、当時は、諏訪湖の舟運も軍路として利用していましたから、道のすぐ下まで水際が寄せていたということになりそうです。


▲堀端の高島城:湖水に浮かぶように見える。

  それから数世紀後、甲斐の領主武田信玄が開削した軍道――甲州道――もまた諏訪湖の舟運を兵站に利用していたはずですから、その軍道の間際まで湖面が広がっていたと思われます。甲州道は鎌倉道よりも10~20メートルほど下にあるので、数世紀間でそれだけ水位が下がったのかもしれません。
  してみると、現在地の高島城が築城され城下町が建設された1590年代には、今よりも諏訪湖の水位が10~15メートルほども高かったと見積もることもできそうです。

■浮島に築かれた城郭■

画面左端の山が茶臼山で、ここに古い高島城があった。霞む富士山の下に高島城の天守が見える。


▲端正な造りの天守

◆古い高島城は茶臼山にあった◆


▲三ノ丸御殿裏門(川渡門)

  現在の高島城から北東に1.5キロメートルほどのところに茶臼山の城跡があります。これが室町後期からの古い山城としての高島城――茶臼山城とも呼ばれる――だそうです。
  史料に記録として登場するのは15世紀末ですが、諏訪湖畔では諏訪大社と結びついた豪族領主、金刺氏と諏訪氏との勢力争いが15世紀のはじめから続発していたので、この城砦は15世紀のはじめ頃には築かれていたかもしれせん。


▲池は講演の樹木を映している

▲本堂と庫裏が直角をなして隣り合う

◆浮島に築かれた城◆

  現在地に高島城が築かれたのは1590年代だそうです。
  城の地理的環境を見るために、下のグーグルマップを航空写真または地形ヴァージョンにしてみてください。
  高島城が位置するのは諏訪湖の何東岸で、その平原は小淵沢、富士見町、茅野市方面から北西方向に流れ下る水がつくった盆地地形です。八ケ岳西側や南アルプス北側からの降水が集まって諏訪湖に注ぎ込むのです。
  現諏訪市(上諏訪)は、河口近くで何本もの河川が諏訪湖に分流して注ぎ込む三角洲の集積地です。高島城はそういう三角州のなかでもおそらくひときわ高い浮島城の洲に築かれ、それには周囲の水路建設や干拓がともなっていました。
  つまり周囲一帯は河口の湿地帯・湿原で、石垣や土塁、天守や御殿など重い構築物を建てるのがきわめて困難な地形でした。そこで、巨大な筏状に木材を何層にも組んで浮島に敷き詰め、その上に土盛りを施して造成したそうです。建物屋根は軽くするため銅葺きだったとか。
  ところが、それでも城郭の土台は重みで沈んだり歪んだりして、幕末までに頻繁に土台の手直しと構築物の修復をおこなったことが記録されているのだとか。   


▲多門跡の赤い大日傘

  現在、天守と公園がある場所は本丸と南ノ丸で、全体で方形をなしていて、周囲を湖と連絡した堀水路で囲まれていました。その北側から東側を二ノ丸が囲み、さらにその北側に三ノ丸、一番北側に衣ノ渡曲輪がありました。
  衣ノ渡曲輪の先は湖面で、城郭全体が埠頭のように湖面に突き出ていたそうです。城下町は城の南側の建設されたようです。


▲冠木門を見上げる


南西側の石垣の下から天守を見上げる

この角度から見ると望楼型様式であることがわかる。天守や櫓などの建物の屋根は銅板葺きで、これは往時と同じ。湿地帯に建てられたので、建物の重量を軽くするため屋根は銅葺きだったという。

高島城跡公園からの眺め

公園中央には心字池がある

池には流れがあって、水路にもなっている

公安南端にある護国神社の拝殿

東端の角櫓(隅櫓)の脇で

紅葉の裏山にも負けない存在感の庫裏
冠木門と呼ばれる多門櫓

堀を渡る冠木橋と多門櫓

多門櫓と角櫓と堀

堀の北端の眺め

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◆高島城 Googleマップ◆

 
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