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長野県北佐久郡
立科町古町~芦田
 
  中山道塩尻宿から軽井沢宿までは、標高700メートルを超える高原を往く道です。
  笠取峠の麓の芦田宿も高原の宿場街です。街のすぐ北にある権現山から北東を眺めると、湯ノ丸高原から浅間連峰が一望できます。その手前には、千曲川が削り出した広大な渓谷が横たわっています。
  写真:権現山から千曲川を見おろす。

 
高原の宿場街


▲芦田中央交差点付近から西方(笠取峠方面)を眺める:右手は本陣の長屋門

  芦田宿は、日本橋から始まる中山道の26番目の宿駅です。信州の笠取峠から東の中山道宿場のなかでは最も早くつくられた街なのだとか。
  今の芦田の街は往時の家並みとはかなり変わってしまったようですが、農村というよりも古い都邑集落の面影が残された街です。

■往時の面影を探る■

  笠取峠を下りきって、芦田宿に足を踏み入れてみましょう。
  明治以降、街道の道筋はかなり改造されてしまったようで、芦田の街にまっすぐに入っていきます。
  とこおろが往時、は宿場街の入り口に桝形があったそうです。だとすると右の写真の道にはどこかでクランク状の曲がり角があったはずです。桝形は、宿場の西の入り口にある正明寺と一体となって、軍事的な防備装置となっていたのでしょう。
  参覲道中の大名がこの宿に泊まった場合には、桝形の前に見張り番兵を配置して、夜中には街道の通行を警戒し大幅に制限したのです。そのため、街の住民が夜間に利用する裏道があって、桝形の脇から家並みの裏手を通っていたのです。
  おそらく桝形や裏道は明治期に田畑になってしまったようで、痕跡は見つかりません。


▲正明寺の本堂

▲ところどころに古い造りの家屋が残る

  街の姿は、いかにも旧街道沿いの家並みらしく好印象です。通りには昭和レトロな建物もありますが、無住になって久しく、屋根が抜け落ちてしまっています。過疎化の影響のようです。建物自体は端正な造りで、粋な趣ですが、放置されていてもったいない話です。


▲街道沿いの民家。総和初期の建築か? 屋根が抜け落ちている。


笠取峠方面に向かう中山道

この先辺りに桝形があったという

街道からの正明寺への参道。高い石垣が印象的。

この道は宿の中心部の本陣に向かう

出梁造りの家屋が、古い街道街であることを語る

出梁造りの大きな町屋

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