▲中綱湖への農具川の注ぎ口付近
▲北岸の段丘上の湿田には水がはられている
青木湖南端から流れ出る農具川は中綱湖まで続く渓流です。千国街道は、しばらくは湖西の仁科山地裾野を農具川が刻んだ小さな渓谷に沿って往く小径です。
数百メートル歩くと、農具川の中綱湖への注ぎ口の周囲にできた狭い平地に出ます。湖面の東側は比較的になだらかな扇状地斜面で、南北に連なる大峰山系の山麓をなしています。西岸には崖のような山腹が、そのまま湖面に落ち込んでいます。
その急峻な斜面に刻み込まれた小径が千国街道で、左手に湖面を見おろしながら歩くことになります。小径は湖岸の山裾の形によって曲折し起伏しています。高いところは湖面から標高差が20メートル近く上にあるのに対して、低いところは5メートルほどの標高差です。
▲小径は崖に開削されている
▲街道から湖畔の小径を見おろす
中綱湖の西岸を往く小径を取り囲む森の植生は場所ごとに大きく変化します。植林された杉樹林もあれば、落葉広葉樹林もあり、場所によっては小径の両側が山桜の並木になっているところもあります。湖岸の山腹を緩やかに曲がりながら起伏する道沿いに並ぶ山桜が開花する頃には、さぞ美しい風景が楽しめるだろうと思います。
湖面との標高差を保っている塩の道とは別に、おそらくはヘラブナ釣りのために設けられたであろう畔の道もあります。私が歩いていたときにも、あちらこちらで釣りを楽しむ人たちがいました。ヴェテランらしい高齢者に訪ねたところ、これまでに体長50センチメートルにも達する大物を釣り上げた経験があるそうです。
歩きながら眺めていると、釣り人たちは、だいたい30センチメートル前後のヘラブナを釣り上げているようでした。季節や気象によってヘラブナの回遊路は変わるようで、この日は遠浅の岸辺に釣り人が陣を張っているようです。
▲ヘラブナ釣りを楽しむ人たち
▲岸辺の谷間は小さな扇状地で棚田の跡も見える
中綱湖西岸の千国街道を往く旅人は、小径の西側に迫りくる急斜面と深い森を、東側には開放感のある湖面を眺めながら進むことになります。急な斜面のところどころに雨水や雪解け水が刻んだ狭い谷間があって、小さな扇状地を形成しています。
そういう勾配の比較的に緩い斜面には棚田や段々畑の跡が見られます。往古の人びとはこんなところも開拓して、水田や畑作地を開いたのです。しかし今は、耕作は放棄されて稲や野菜の代わりに山桜が植えられています。
中綱湖の南西端は、湖岸での差し渡し500メートル、奥行き400メートルほどの扇状地になっています。湖の南端に注ぎ込む中綱沢とその支流群が、山腹を削り運んだ土砂を谷間に積み上げたのです。その扇状地に集落と棚田が開かれ、湖岸付近は低湿地となっています。
湖の西岸中ほどの湾の南に突き出た尾根を回り込むと、そんな集落の家並みが見えてきます。少し安ど感を覚えます。そんな位置の道脇の斜面に石仏群があります。街道を往く村人や旅人、湖面を見おろすように並んでいます。
8体ある石仏のうち6つは千手観音と思しいのですが、のこり2つは大日如来か不動明王かもしれません。そういえば、往古、この辺りの山腹には十国時という寺院があったそうです。ところが、大地震で山腹とともに寺の堂宇は崩れ落ちて湖底に沈んでしまったのだとか。天気の変わり目には、固定から地響きのような鐘の音が聞こえてくるそうです。
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