▲国道と塩の道の交差点近くにある飯田北原庚申塚石仏群: 意匠や技法はじつに多様だ
私は小谷村千国の里から塩の道を南に歩いてきましたが、沿道には数多くの寺院や小堂、神社があって、さらにいたるところに石仏群や野仏が置かれているのを目撃してきました。まさに千国街道は「祈りの道」です。
飯田集落にも、あちらこちらに馬頭観音や庚申塔、石仏・石塔が立てられています。なかでも、北原の庚申塚にも、ざっと見渡して80基以上の石塔・石仏が集められています。
▲イチイの木の下に並ぶ石仏群
現在、この近辺の水田地帯は区画整理されて面積が広げられた長方形の圃場になっていて、農道も拡幅舗装されているので、圃場整備や道路整備のさいに移設されてここに集められたということもあるのでしょう。
それにしても、石仏・石塔の数が多いのは、古くからの各住戸ごとに石仏や石塔をつくって奉納する習わしがあったからでしょう。奉納は村落の大きな祭事や災害、冠婚葬祭のさいとか、あるいは経年劣化で古びた石仏が取り換えられたりという形でおこなわれ、家門子孫や村の息災繁栄への願いが込められていたのでしょう。
白馬小谷方面には、三州街道(伊那街道)を通って千国街道をたどって、高度な技能で有名な高遠石工たちも時季に合わせて訪れ、石仏づくりに貢献したと伝えられています。
庚申塚石仏群は墓地や石地蔵などがある広場の北端にある(背景は大糸線の列車と五竜岳)▲
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