▲冬 雪景色の妙願寺門前
長野市赤沼の林学院至心山妙願時は、浄土真宗東本願寺派の寺院です。
創建は1391年で、天台宗の僧、林学が現在の茨城県筑波郡井吹谷平沢の地に開山したそうです。林学は、もとは伯耆の国(現材の鳥取県)気立郡鹿野の領主で、尼子氏に臣従する勇猛な武将だったとか。武士として戦場で修羅場を体験し命のはかなさを感じたのでしょうか、あるとき比叡山に入り修行、得度して天台宗の僧となりました。
回国修行のさいに筑波に居を構えてこの寺院を建立したとか。開創当時は天台の寺院でした。ところがその後、浄土真宗に宗旨を変えたようです。
1429年(永享年間)に現長野市安茂里小市に寺が移され、その後1566年(永禄根間)に長沼津野村の長沼城の堀畔に移転、さらに1752年(宝暦年間)に赤沼の現在地に移設されたという記録が残っています。 この寺から150メートルほど西には、長沼城主家の赤沼分家(3000石)の領主館があるので、実のところは記録よりも100年ほど以前に赤沼分家の寺院として津野村から赤沼に移設されたのかもしれません。 寺の駐車場には、開山550年記念の石塔があります。その建立が1981年なので、1431年が妙願時としての公式の開山時となるのでしょうか。
▲茅葺屋根の頃の造りをとどめる庇と垂木
本堂の屋根は、古い茅葺の造りを保ったまま、金属板を表層に葺いたもののようです。というのは、裳階や垂木が茅葺の想い屋根を支える構造になっているからです。
ところで、旧街道から妙願寺の前で東に分岐する小路は、伊勢社がある大割集落に連絡する道路として明治以降につくられたものと見られます。というのは、道が妙願寺の山門があった境内部分を切り割っているからです。
▲報道前から境内・参道を振り返る
▲赤沼公園からの妙願寺を眺める
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